「流される」習慣
まず、あなたが使うトリックの中で一番巧妙なものについて話してください。
人間を一番たくさん惑わすことができるのはどのトリックですか?
それを明かしてしまったら、私はいま生きている人間を何百万も、そして、これから生まれてくる人間をそれ以上失うことになるのだぞ。後生だから、この質問だけはパスさせてくれ。
どうもいまのは、悪魔ともあろう方が人間ごとき卑しい存在を恐怖しているように聞こえますが、そういうことでよろしいのでしょうか?
ちっともよろしくはないが、確かにその通りだ。しかし、おまえには私の一番大切な商売道具を奪う権利などないぞ。
私は何百万年もの間、恐怖と無知とによって人間を支配してきた。
なのに、おまえはその使い方を私から聞き出して、その大事な武器を使えなくしようとしている。わからないのか?
そんなことを無理やり告白させられたら、私はそれを聞いたものをもう操ることができなくなるのだ。
おまえには情けというものがないのか?ユーモアのセンスというものがないのか?スポーツマンシップというものがないのか?
ぐずぐず言ってないで、さっさと白状してください。私のような、その気になればすぐにでも叩きのめせる相手に向かって、情けを乞うとはどういうつもりですか。この世を地獄に変え、何の罪もない人間を恐怖と無知とを使って罰しているのは自分だと、そう言ったのはあなたではないですか。あなたがどんな方法で人間の意識を操るのか、それを白状させることが私の務めなのです。あなたが意識の中に植え付けた恐怖によって、自ら築いた牢獄の中に閉じ込められている人々を、そこから助け出すのが私の務めなのです。
私が人間に使う最大の武器は2つの秘められた原理からなっている。その原理によって私は人間の意識を支配しているのだ。
1つ目は、習慣の原理だ。私はこの原理を使って人間の意識に密かに入り込む。この原理を働かせることで、私は「流される」という習慣を(できればこの言葉は使いたくないが)確立させるのだ。いったん「流される」ようになった人間は、おまえたちが「地獄」と呼ぶ場所へと真っ直ぐに向かう。
あなたが人間を「流される」よう仕向けるときに使うすべての方法について説明してください。まず、その「流される」という言葉の意味の定義からお願いします。
「流される」とはつもりこういうことだ。自分の頭で考える人間は決して流されたりはしない。一方、自分の頭でほとんど、あるいはまったく考えない人間は「流される」人間だ。「流される」人間は、まわりの状況に影響を受けコントロールされても、それに抵抗しない。
自分で考えるのが面倒で、むしろ悪魔が自分の意識を支配し、自分の代わりに考えることを歓迎する。
人生に何が起ころうとそれに甘んじ、反抗したり反撃したりすることもない。
人生に何を望めばいいのかもわからず、ただぼんやり日々を過ごすだけ。あれこれ意見は言うが、どれも自分で考えたものではない。そのほとんどは私が吹き込んだものだ。
「流される」人間は精神的な怠け者で、頭を使うことをほとんどしない。だからこそ、私は彼らの思考をコントロールし、その意識に私の考えを植え付けることができるのだ。
いちおう、「流される」というのがどういうことなのかはわかりました。では、人間を「流される」ように仕向けるのに、具体的にはどの習慣を使うのか教えてください。まず、人間の意識はいつ頃から、どのようにしてあなたに支配され始めるのでしょうか?
それは、その人間がまだ幼い頃にすでに完了する。ときには、その子が生まれる前から、その両親の意識を操作することで、その素地を作っておくこともある。
さらにそれ以前に遡って、おまえたちが「遺伝」と呼ぶものを使って準備することもある。つまり、私が人間の意識に近づく方法には2つあるということだ。
では、その人間の意識に入り込んで支配する二つの方法というのを説明してください。
いま言ったように、まず誕生前に、祖先が持つ弱点をできるだけ多く引き継がせることで、その人間が低い能力を持ってこの世に生まれてくるように仕向ける。
おまえたちはこの原理を「遺伝」と呼んでいる。
生まれた後は、おまえたちが「環境」と呼ぶものを利用して人間をコントロールする。
習慣の原理が登場するのはここからだ。
人間の意識とは習慣の積み重ねにすぎない。
私は人間の意識の中に一つひとつ習慣を作り上げ、最後にはその意識を完全に支配するのだ。
人間の意識をコントロールしようとするとき、一番よく使う習慣は何ですか?
それは私が使うトリックの中でも実に巧妙なものの一つだ。というのも、私は思考を通して人間の意識に入り込むが、人間はみなその思考を自分のものだと勘違いしているからだ。
中でも私の役に立つのは、恐怖、迷信、金銭欲、貪欲、情欲、恨み、怒り、虚栄心、そして怠け心。この9つの扉のうちの1つあるいは複数を通ることで、私はどんな人間の意識の中でにも入ることができる。年齢は特に関係ないが、やはり幼いうちの方が結果はよくなる。
扉の締め方を学ばれてしまう前にその意識を支配してしまえば、あとはいろいろと習慣をつけさせることで、その扉は永久に開いたままになるからだ。
なるほど、子供たちを何の目的も目標もなしに学校へやることで、子供たちに「流される」という習慣をつけさせているわけですね。それでは、人間を「流される」ように仕向ける別のトリックについても教えてください。
「流される」という習慣をつけさせるトリックのうち2番目に巧妙なものは、実は、子供の親や学校の教師、また宗教指導者たちに協力をしてもらっている。
このトリックについては聞かない方が身のためだ。これは秘密にしておいた方がいい。
もし、これを公にしたりすると、このトリックに協力してくれている私の仲間から恨まれることになるぞ。
たとえ私のこの告白を本にして出版したとしても、公立学校では禁書にされ、ほとんどの宗教指導者たちからブラックリストにいれられ、多くの親たちは子供の目の届かないところに隠してしまうだろう。新聞に書評が載ることもないし、その本を書いたという理由で何百万もの人間から恨まれるようになるのがおちだ。
というか、おまえやおまえの本のことを気に入るような人間はどこにもいないし、いるとしても、それは自分の頭で考えることのできる人間だけで、そんな人間がめったにいないことはおまえもよく知っての通りだ!
この2つ目のトリックについては、詳しく聞かないのが賢明というものだ。
つまり、あなたはこの私のために、あなたの2番目に巧妙なトリックについての説明を遠慮しておきたいというのですね?
私の本が気に入る人間など、自分の頭で考える人間以外には一人もいないというわけですね?いいでしょう。
どうぞ、そのまま続けて下さい。
後悔することになっても知らんぞ。どうせ、しっぺ返しを食うのはお前の方だがな。
この過ちによって、みなの関心は私からおまえに移るのだ。
何百万もいる私の協力者たちも、私のことなど忘れて、悪魔の手法を公けにしたおまえのことを恨むようになるだろう。
私のことは気にしてもらわなくて結構です。
人間を地獄に引きずり込むための、その2番目に巧妙なトリックとやらを早く教えてください。
2番目といっても、実は2番目ではない。それは、本当のところ1番目なのだ!なぜなら、それなくしては若者たちの意識を支配することはできないからだ。親、教師、宗教指導者、そして多くの大人たちは、自分で考えるという習慣を子供たちの頭の中から追い出すという私の目標を、知らず知らずのうちに手伝っているのだ。
みなそれぞれに自分の仕事をしながら、自分が子供たちの意識にどんな影響を与えているのか、あるいは、子供たちの失敗の真の原因が何であるかということに、まったく気付いていないのだ。
⑥へ
つづく・・・